福岡藩勤王の志士が古賀市に!?明治維新の立役者が住んだ古民家「九本柿庵」

古賀市 九本柿庵

こんにちは、古賀マガジンです!

古賀市の筵内(むしろうち)に明治維新の立役者が住んでいた古民家があるのをご存知ですか?

古民家「九本柿庵(くほんがきあん)」の管理をしている庵主矢野さんにお話を伺ってきました!

目次

九本柿庵とは

古賀市 九本柿庵

九本柿庵は、筵内の村医者池園良庵(いけぞのりょうあん)の医院兼住居として江戸末期に建てられた屋敷です。

古賀市 九本柿庵

庵主矢野さんのお話によると、明治39年に矢野さんの曽祖父が買い取ったあと、祖父、父と住み継いできたそうです。

古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵

矢野さんがお仕事を退職したことを機に、この九本柿庵を後世に残したいと考え、朽ちた建具や木材を一部修繕していきました。

古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵

古い家に合った照明や飾りをつけたり、調度品などきれいに整えてから、地域の方々のために土日のみ開放しています。

古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵

屋敷が建てられた当時から幾度も増改築されているそうで、今でも住むことができるようにきれいな状態で管理されています。

古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵

矢野さんがこの古民家を修繕するにあたって、敷地内に九本の柿の木があったことから「九本柿庵」と名前をつけ、入り口の看板なども古賀市の書家に字を書いてもらい、陶芸家に看板としてしつらえてもらいました。

古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵

医院兼住居でしたので診察室として使用されていた部屋があるのですが、その部屋に行くためには急な階段を登らないといけません。

古賀市 九本柿庵

病人がこの角度がある階段を登って2階に上がっていたのでしょうか…。

古賀市 九本柿庵

診察室下の隣には控えの間があります。

立派な松と川の上を飛び交う鳥の様子が描かれた屏風があり、さらにその屏風の上に目をやると、壁に砂絵が描かれています。

古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵

消えかかっていますが、山にたなびく雲、砂浜には鳥居や灯籠、海には帆かけ船を見てとれ、さらにその壁の反対側にある欄間へと景色がつながっています。

細部にこだわった装飾が、今も残っていることに驚きです。

古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵

ところどころに置かれているものにも趣を感じます。

古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵

きれいな庭を眺めることも九本柿庵の楽しみ方のひとつかもしれません。

古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵
古賀市 九本柿庵

土間裏の軒下にはめだかもいます。

ゆったりと時間が流れているので、日々の喧騒から離れてこの九本柿庵で自分を見つめ直す時間を設けてもいいかもしれませんね。

明治維新の立役者・早川勇とは

古賀市 九本柿庵

土間の奥に、庵主矢野さんが作成された早川勇に関するパネルがかかっています。

九本柿庵の家主が池園家であった時代に、遠賀郡虫生津(むしょうず)村から医師の嶺養敬(勇)を養子に迎えてこの九本柿庵で過ごしていました。

その後池園家は、筵内の酒造の娘ミネと勇を結婚させ、勇はミネと二人で宗像郡吉留(よしとめ)村の早川医院に夫婦養子として移り、以後早川勇と名乗りました。

早川勇は、開国を迫るペリー来航などで時代が大きく動いていたなか、福岡藩勤王の志士の一人として、高杉晋作や中岡慎太郎、西郷隆盛らと国の病を治すべく奔走します。

そして、明治維新につながるきっかけとして、下関で高杉晋作と西郷隆盛を引き合わせ、同志の月形洗蔵(つきがたせんぞう)と共に説得にあたり薩長合意に結びつけ、勤王派公卿(五卿)である三条実美(さねとみ)らを無事に『太宰府移転』させました。

早川勇は福岡藩の志士として、幕府軍の解散を達成し、明治新政府ができるきっかけをつくったのです。

その後、活躍が認められた早川勇は、三条実美の推挙により福岡藩からただ一人、奈良府の大参事として登用されました。

晩年は爵位も辞退し、上京する若者たちを支援しつづけ、残ったのは借用書だらけというありさまだったようです。

明治維新前後の詳細は割愛しますが、時代が大きく変わるきっかけをつくった人物が、ここ福岡県古賀市にいたことは驚きです。

庵主矢野さんの思い

「宗像の郷土史家を訪問したのをきっかけに、早川勇さんがこの九本柿庵に住んで、その後この場所でミネさんと結婚したことを知りました。」

「知れば知るほど、早川勇さんが明治維新前後、命がけで日本の未来のために働かれていたことがわかり、この九本柿庵に来られた人たちに『早川勇』の名前を覚えてほしい」

「今後も歴史を感じられる場所、地域の憩いの場として活用できるよう、後世につなぎ守っていきたい」とおっしゃっていました。

古賀市 九品柿庵

地域の憩いの場として開放されている九本柿庵には、庵主矢野さんの知人が特殊な画法の画家をされており、作品が飾られています。

また、古賀市の書家の作品や地域の有志の方々がおこなう個展なども不定期でおこなわれています。

そういったスペースとして、九本柿庵を利用することもひとつのアイデアだと思いますので、ぜひ矢野さんに相談してみてください。

矢野さんは楽しいことが好きな方ですので、一緒に楽しんでくださるかもしれません。

ちなみに、古賀市で毎年おこなわれている、古賀市の再発見がテーマの健康・文化・歴史・音楽・スポーツに触れるウォーキングイベント「古賀を歩こう in むしろうち」では、ウォーキングコースの途中で休憩所としても利用されています。

九本柿庵へのアクセス

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この記事を書いた人

福岡県古賀市が地元。7年間の東京生活に終止符を打ち、Uターン移住で古賀に戻ってきました!これからしこふむ地域(新宮町・古賀市・福津市・宗像市)のメディアをつくっていきます。

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