こんにちは。福岡で活動しているライター、大塚たくまです。古賀マガジンで連載を持つこととなりました。
ぼくが「古賀」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのがこちら。
ニビシ醤油です。
福岡を代表する醤油メーカーだと思います。そんな、ニビシ醤油にどうしても聞いてみたいことがありました。
福岡の醤油って、なんで甘いの?
長年、福岡に住んでいるぼくですが、正直なところ、上手に解説できません。ぼくは醤油のことを知らなさすぎます。今日はたっぷり、福岡の醤油について勉強しましょう。
ニビシ醤油の開発部の宮川さんと、広域営業部の三瀬さんにお話をうかがいました。
福岡の醤油が甘い理由とは?
そもそも、福岡の醤油が甘い理由は何なんでしょうか。
福岡の醤油が甘い理由には、いくつか説があります。ちなみに「福岡」ではなく、醤油が甘いのはとくに「九州」なので、九州という括りでご紹介します。
なるほど。いくつか説があるわけですね。
はい。まずはシュガーロード※の影響で、九州では砂糖が手に入りやすかったということですね。よく語られる説です。
※シュガーロード・・・鎖国時代、出島で荷揚げされた砂糖が長崎街道を通ったことに由来する呼称。長崎街道沿道は砂糖を活用した食文化が発達した。
たしかに、その説は聞いたことがあります。
次によく語られるのが、九州で好まれる刺身によく合うという説ですね。九州は新鮮で脂が乗っている魚の刺身を好むでしょう。新鮮で脂が乗っている魚に普通の醤油をつけると弾いてしまい、味が乗らないんです。
ほかの地域には「さしみ醤油」がないと聞いて、驚いたことがあります。
九州ではドロッとした醤油を多目につけて食べるので、辛いと合わないじゃないですか。それで、甘いものが好まれるようになったと言われています。さらに、刺身と一緒に飲む焼酎。これも影響していると言われます。
焼酎に甘い醤油が合うということですか。
そうです。九州でよく飲まれる焼酎は蒸留酒で辛口ですね。焼酎に合う料理とは甘い料理なので、醤油も甘いものが好まれるようになりました。
食文化の影響は大きそうですね。
ほかにも九州は気候が温暖であることが影響しているとも言われます。気温が高いと汗が出て、塩分と糖分を身体が求めるようになるでしょう。
なるほど。「暑いと甘いものが欲しくなる」という生理的な要因ですね。
そして、九州では本醸造の醤油にアミノ酸液を混合する「混合方式」の醤油が一般的なんです。戦中戦後の原料不足の時代に、うま味を補うアミノ酸液の使用が甘みを求めるきっかけになったとも言われています。
どの説も信憑性のある、納得できる説ですね。結局、どれが本当の理由なのでしょうか。
どれがというわけではなく、どれも要因なのではないかと思っています。
なるほど……。さまざまな事情が折り重なって、九州の醤油は甘くなったというわけですね。
福岡の醤油は九州の中では辛口
福岡の醤油って、実際はどれほど甘いんでしょうか。
じつは福岡の醤油って、九州の中では辛いほうなんですよ。
えっ! そうなんですか。
はい。九州の中でも、南に行けば行くほど、どんどん甘くなるんです。九州の中で甘いのは鹿児島とか、宮崎なんです。
鹿児島や宮崎の甘い醤油は、福岡には売っているものなんでしょうか。
いや、普通には売っていないです。鹿児島の方のようなニーズは、福岡にはないんですよ。ニビシの商品も鹿児島では売れないんです……。用意したので、鹿児島の醤油をちょっと味見してみませんか。
本当ですか。ぜひ、お願いします!!
ニビシの「うまくち」は知っていますが、これはなんですか?
ニビシの「あまかっちゃん」ですね。ちょっと味見してみてください。
おお!! 甘くておいしい。これ、「うまくち」よりもかなり甘いですね。みたらし団子とかが頭に浮かぶ感じ。
そして、これが代表的な鹿児島の醤油です。ヒシクというメーカーの「専醤」という商品です。
おおおおお!! 全然違う。「あまかっちゃん」よりも甘いですね。これは使っている甘味料の種類が違うんですか。
甘味料の種類も量も違います。福岡の醤油とは全然違う甘さですよ。
まさか、こんなに違うとは。同じ「九州の甘い醤油」なのに。驚きました。
「うまくち」醤油はニビシが発祥
ニビシ醤油さんでは創業の頃から、福岡らしい甘い醤油をつくっていたのでしょうか。
いえ、もともとニビシの醤油は「辛い」という評判だったんです。
えっ。そうだったんですか。
戦後、原料がなかなか手に入らないという時代に、ニビシは軍部監督工場という指定を受けて、醤油をつくっていたんです。指定を受けているから、物資が少ない時代でも原料を購入できました。しかし、醤油が辛いので、なかなか売れなくて。
戦後すぐの段階でニビシ醤油さんに「辛い」とクレームが来るくらいには、すでに甘い醤油を好む文化が福岡にあったんですね。
そうですね。その頃にはすでに甘い醤油文化が自然に存在していたということです。その後、他社を研究し、甘い醤油をつくりだしたんですね。
福岡の方々が望んでいる味に合わせて、開発がスタートしたんですね。
ただ甘くするだけではなく、多角的にさまざまな研究をおこなったんです。その結果「うまくち」という独自の言葉とともに、売り出せる商品ができあがりました。
えっ。「うまくち」って、ニビシ醤油さんが初めて使った言葉だったんですか。
そうです。「うまくち」はニビシが発祥なんですよ。
そうなんですね。恥ずかしながら、知りませんでした……。他社でも「うまくち醤油」ってよく見かけるんですけど、当時は商標をとることはなかったんですか。
当時、商標をとっていなかったんですよ。よく「うまくち」という、醤油の種類があると思われる方がいらっしゃいますが、誤解です。
そうなのか……。「うまくち」は造語だったんですね。
「うまくち」は醤油の種類でいうと「濃口」に入りますね。「うまくち」が発売後すぐに大ヒットしたので、一気に「うまくち」という言葉が広まりました。
なるほど。当初「辛い」と福岡の人からクレームをもらったことで、消費者目線に立てたんでしょうね。大ヒットも納得です。
今でも、私達のような醤油メーカーに「甘すぎる」というクレームは基本的に届かないんですよ。「辛すぎる」というクレームは届くんですけど。
へぇ、面白い。ちなみに、「うまくち」の味は、誕生当初から変わっているのでしょうか。
基本的に変わっていません。使う甘味料が時代に応じて変化してはいますが、甘味料を変更したとしても目指す味は同じですね。
今後も味を守っていくんでしょうか。
消費者の皆さんはもちろんなんですが、業務用として使っている方は味に敏感なんですよね。基本的に醤油の味を変えることはありませんよ。
たしかに。料理人は醤油の味を踏まえて味をつくっているわけだから、勝手に変えちゃうと味が決まらなくなって、困ってしまいますね。なるほど……。
本当に福岡の醤油の「甘さ」が愛されているのか?
ぼくは福岡の醤油が好きなんですが、ただ「甘い醤油が好き」と言われると、なんか違和感があるんですよね。「甘いから好き」というわけじゃない気がしてて。
九州の醤油って、味が丸いんですよ。塩角をとっているんです。九州には昔から醤油に「いかにして塩角をとるか」という文化があるんですね。
ああ、たぶんぼくは、その塩角がとれた醤油が好きなんですね。甘いから好きというよりは、塩角がとれた、丸い味の醤油が好き。
「甘い」はまた別なんですよね。たしかに、おっしゃる通りで福岡の醤油は「甘い」ことが重要なのではなく、「塩角が取れて丸みがある」ということが重要な特徴です。塩角が取れた状態から、さらに甘くしているのが南九州の醤油です。
なるほど。ちなみに「そんなに甘い醤油が好きなら醤油に砂糖を入れればいい」とたまに他県の方から言われることがあります。あれ、イラッとするんですけど……。
単純に関東の醤油に砂糖を足すだけでは、九州のような風味の醤油にはなりませんね。九州の醤油の旨味は、単純な砂糖の甘味だけでは出せません。
なるほど、単に甘いだけではないんですね。これからはバシッと反論します!
九州の甘い醤油が全国に進出しつつある
最近、九州外の方が「九州の甘い醤油が好き」と話している姿をよく見かけるようになってきている気がします。
福岡はもちろんなんですが、最近は全体的に醤油へ求める「甘さ」が増してきている傾向にあります。
それはどうしてだと思います?
たとえば、日本酒のメーカーさんだと「景気が悪い時は甘口のお酒が売れる」と言うんですね。それと同じで、デフレの今は甘いものが売れているのではないかという説はありますが、これまで「景気が悪いから」と甘い醤油が売れてきたわけではなくて。
なるほど。では、そう言い切れないですよね……。
そうなんですよ。ただ、近年甘い醤油が好まれる傾向にあるのは事実です。スーパーでは「うまくち」「あまくち」と文言がついたものがどんどん増えていますよ。
なんだか面白いですね。甘い醤油の美味しさに世間が気づき始めた。
ローカルな食文化の交流がさかんになってきたことも要因だと思います。今はネットで簡単にローカルな醤油が買えますからね。
「甘い醤油」って、中毒性があるような気もします。
それはありますね。他県から九州に来て、九州の醤油の味に慣れると、元の醤油に戻れなくなるという話はよく聞きます。中毒性があるんでしょうね。
なるほど。じゃあ、甘い醤油好きの人口は減りにくい傾向があるかもしれませんね。これからも増えていく一方かも。
福岡は醤油メーカーの数が日本一
福岡の醤油業界って、活発なんですか?
全国で醤油メーカーがいちばん多いのは福岡なんですよ。80社〜90社ほどあります。これは全国でもダントツの多さです。
ええっ。全然知らなかった……。たしかに福岡の「道の駅」に行くと、各地の地元の醤油メーカーの醤油がたくさん置いてある気が。
エリアに根付いたメーカーがたくさんあるんですよ。もうそれは、すごく細かなエリアで支持を受けているメーカーがあります。
たしかに、飲食店に取材へ行くと「醤油にこだわっている」という話を聞く機会が多いような。
そうそう。福岡は麺文化がさかんでしょう。うどん屋さんやラーメン屋さんの味づくりに醤油が使われ「これじゃなきゃ駄目」という料理人の支持を受けているケースも多くありますね。
醤油が変われば、料理の味は大きく変化しますもんね。
変わります。どんなに美味しい食材を使っても、醤油が口に合わなければ、料理は美味しくなくなりますので。
引越して、住むエリアが変わると醤油の味が変わりますよね。そういう時、まずは自分の口に合う醤油を探したほうがいいのかも。
重要だと思います。「醤油を食べ比べる」って、なかなかないですからね。
ちなみに、醤油の違いがわかりやすい食べ方はありますか。
醤油の違いがわかりやすいのは「刺身」ですね。刺身はダイレクトに醤油の影響を受けるので。福岡の人は青魚や白身魚の刺身につけて、食べてみるといいですね。それで、美味しかった醤油を使えば、外さないと思います。
じゃあ、福岡の人は遠方に引越したらまずは刺身をいろんな醤油で食べてみることが重要ですね。ガス、水道、電気、醤油。ですね。覚えとこう。本日は貴重なお話をありがとうございました!
福岡の醤油で重要なのは甘さよりも「丸み」
「福岡の醤油は甘い」という、固定観念でスタートした今回の取材。まさか、九州内で見ると、福岡の醤油はむしろ辛口だったとは。
九州内の「甘い醤油」の中でも、鹿児島と福岡でこれだけ差があるなんて、知りませんでした。鹿児島の醤油と福岡の醤油を比べると、別の調味料と言ってもいいくらい違います。これはぜひ食べ比べてみてほしいと思います。
福岡の醤油は「甘さよりも丸みが重要」というフレーズが印象に残りました。福岡の人は甘い醤油が好きというより、塩角のとれたやさしい味わいが大好きなのかもしれません。
日本で初めて「うまくち」をつくってくれたニビシ醤油さんに感謝しながら、これからも福岡の醤油とともに生きていきたいと思います。
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