【ぼくたちの歩み】“イマ”があるのは過去に行動したぼくのおかげ|古賀マガジン編集者|髙橋快

こんにちは!古賀マガジンライターの山下です。

古賀マガジン編集長の松見が2019年5月に古賀マガジンを開設して、かれこれ3年。(2022年6月現在)ありがたいことに読者さまからこんな質問をいただくようになりました。

  • 古賀マガジンってどんな人が運営してるの?
  • 古賀市の人なの?
  • そもそも何者?

こんなみなさんの「気になる」を解決するため、前回は古賀マガジン編集者の山田五香さんにインタビューをしました。

古賀マガジンの今後の展望などをお聞きして、もっと古賀マガジンを深掘りしたい!と思ったので、今回は古賀マガジンライターで古賀マガジンの運営会社「ネスピア」の髙橋快さんに突撃インタビューをしてきました!

目次

髙橋快の経歴とプロフィール

たかはし かい2
山下

快さんの簡単な自己紹介をお願いします!

  • 名前 髙橋 快(かい)
  • 出生 1995年(26歳)
  • 出身 埼玉県出身、東京育ち
  • 趣味 旅行
  • 座右の銘 「やりたいと思ったことは全部やる!」

快さんは埼玉県さいたま市出身、東京育ちのまさに都会っ子です。

高校時代に行った語学研修をきっかけに海外への興味が増し、大学では英語を専攻し1年間のアメリカ留学も経験されました。

その後バックパッカーとなり世界中を旅してまわることになったとか。(バックパッカーとは低予算で個人旅行をする人のことです。)

ここまでも気になることが多い快さんの経歴ですが、旅から戻り約3年の月日が経とうとしたころにひょんなことから古賀マガジンの運営会社であるネスピアに就職することとなり、故郷の埼玉県を離れ、福岡県福津市へ移住して来られました。

個人的には「世界中を旅してまわったこと」「ネスピアに就職した経緯」がとても気になります!せっかくの機会なので、快さんのこれまでの人生について気になることを深掘りしてお話を聞かせてもらいました。

髙橋快がバックパッカーとなり世界25カ国を旅した話

たかはし かい3

高校時代に経験した語学研修をきっかけに英語に興味を持ち、大学時代はアメリカのオレゴン州に1年間留学、さらに大学卒業後は就職を選択せずに「バックパッカー」となり世界一周の旅に出た快さん。

世界中を旅した中でも特に気になる次の3つのことについて詳しくお話を聞きました!

  • 旅にでたきっかけは?
  • 旅の間は何してたの?
  • 旅での思い出を教えて

旅の話を通して快さんのことがよく分かる記事になっているのでぜひ最後まで読んでくださいね。

世界一周の旅に出たきっかけ

たかはし かい4
山下

世界を旅してまわったきっかけを教えて下さい。

当時のぼくには「やりたい仕事がなかった」のがきっかけです。

大学時代に1年間行ったアメリカ留学の影響ですっかり海外に魅せられアメリカ留学から帰国後、休みを利用してはアジアやヨーロッパを中心に旅してまわりました。

そのころちょうど就職活動の時期をむかえ、就職活動は一応していましたが「これをやりたい!」というのは特になくて。やりたい仕事がないのにとりあえず就職する覚悟がぼくには持てなかったんです。

そこで改めてやりたいことを考えると「海外に行って色んな事をやりたい!」という漠然としてはいるけれど、自分の中に芽生えた強い気持ちに気付きました。

そして大学を卒業し、ぼくは片道の航空券とバックパックを2つを抱えて半年間の世界一周の旅へと出発したんです。

世界一周の旅の間は何をしていたの?

たかはし かい5
山下

半年の旅生活に具体的な目的はあったんですか?

特に「コレをやる!」と決めていたことはなく、気の向くままに活動していました。

山下

「気の向くまま」って旅感があって憧れます!どんなことをして過ごしていたんですか?

色んなことをやっていたんですが、住み込みでゲストハウスのスタッフをやったり、YouTube動画の撮影や投稿もしていました。あとは各国に知り合いがいたので会いに行ったりもしていました。

山下

ちなみにどうやって生活費をまかなっていたんですか?

基本的には日本で準備していた旅貯金で賄っていましたが、YouTubeやライティング、旅中に撮影した動画・写真提供などで旅をしながらも少しの収入を得ながら生活していました。

世界一周の旅での思い出

山下

半年間で約25カ国をまわったということですが、印象に残っている国や具体的なできごとはありますか?

一番印象に残っているのは「ジョージア」という国です。

ジョージアは東ヨーロッパもしくは西アジアに分類され、トルコが隣国の1つです。

ジョージアはとにかく人が良くて、現地の人の温かさに胸を打たれ出国するのが辛くて仕方がなかったです。

たかはし かい7
バックパッカー時代の写真 in ジョージア
山下

ジョージア滞在中に胸が熱くなった具体的な体験はありますか?

はい。ジョージアは公用語がジョージア語です。英語は全くと言っていいほど通じないので「ありがとう」と「いいね」を多用し、あとはジャスチャーやニュアンスでコミュニケーションをとっていました。

そのときは現地の一般家庭に2泊3日で滞在させてもらったんですが、言葉は分からなくてもぼくのことをとにかく気にかけてくれて、優しい言葉をかけてくれているのが雰囲気だけでも十分に伝わってきました。

街に出ても、たくさんの人から「困ってない?」「大丈夫?」という感じで声をかけてもらい、世界を1人で旅している当時のぼくにとっては胸が熱くなるできごとでした。

ジョージアを出発するのは本当に寂しかったです。

髙橋快が「ネスピア」で仕事をしている理由

たかはし かい9
山下

埼玉県に住んでいた快さんがどんな経緯で古賀マガジンを運営する「ネスピア」と出会い、就職することになったんですか?

実は、大きく言えば「世界一周の旅」がきっかけだったんです。

山下

どういうことですか!?詳しく聞かせて下さい。

はい!そもそもはTwitterがきっかけです。当時バリ島にあるシェアハウスのオーナーさんがTwitterでシェアハウスの利用者を募集していたのをたまたま目にしたんです。

期間とルートがちょうど良かったので迷わず応募したら、なんとそのバリ島のシェアハウスを利用できることになりました。

部屋の鍵の受け渡しは前の滞在者から直接受け取るように言われ、待ち合わせの空港で待っていると鍵を持って現れたのが現ネスピア社長の松見だったんです。

山下

奇跡でしかないですね!!

今思うと、本当に奇跡です。そこではTwitterをお互いフォローしあいすぐに解散したんですが・・・その出会いがご縁となり2021年11月にネスピアに入社することになりました。

快さんの福岡移住についてはこちら

髙橋快の動画との出会い

たかはし かい7
山下

快さんは現在、ネスピアでは主に古賀マガジンの記事執筆はもちろん、動画の撮影や編集をしていらっしゃるかと思いますが動画との出会いを教えてください。

大学時代に念願だったアメリカ留学をしたときに、多様な人種・性別・価値観が入り混じる社会の在り方に刺激を受けて「日本でダイバーシティの推進活動をする」と決意しました。

帰国後はダイバーシティ教育に特化したNPOに所属して、全国での講演活動やイベント運営に携わりました。活動する中で“もっと自分ごととして発信したい”と思うようになりYouTubeでの発信をはじめました。

山下

YouTubeで発信をはじめたのはいつごろですか?

それが約5年前の2017年の10月です。

山下

当時はすでにYouTubeでの発信経験があったんですか?

いえ、まったくありませんでした。いま思えば、当時の投稿はただカットして繋げただけの動画ですね。

実は、最初は文章で発信をしようとブログも試みましたが、当時YouTubeが注目を浴び始めていた時期で、ぼくもやってみたい!と好奇心の赴くままに動画制作にチャレンジしました。

結果、めちゃくちゃ楽しくて!これがぼくの動画制作の原点です。

山下

まさに快さんの座右の銘「やりたいと思ったことは全部やる!」を実行したわけですね。素敵です!

おわりに

たかはし かい6

わたしはこのインタビューの日に快さんと初めてお会いしました。

一見「話しかけにくそう・・・」と実は様子見をしていましたが、初めてで緊張しきったわたしにコーヒーを淹れながらざっくばらんに話しかけて緊張をほぐしてくれました。

20代でまだまだ年齢は若い快さんですが、行動力の分だけ人生経験の厚みがあり、学びや刺激の多い充実したインタビューの時間を過ごせました。

快さん、貴重なお時間をありがとうございました。

\動画制作は古賀マガジンを運営するネスピアに!クリックしてYouTube動画制作の詳細をご確認ください/

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この記事を書いた人

フリーライター。
福津市、宗像市を中心に地域の情報発信をしています!
北九州市出身、2016年に福津市へ移住。1男1女のママです。

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