めんたいこんにちは~。
福岡めんたいこ地位向上協会の理事長、田口めんたいこです。古賀マガジンで、明太子の魅力をお伝えする「めん地協」連載、今回はその二回目です。
本日は、木藤商店さんにお話を伺ってきました。
木藤商店さんのインスタグラムは、とにかく明るい。
木藤商店さんとは私が明太子活動を始めた初期の頃からSNSを通じて交流があります。
社長や奥様はもちろん、社員の方も、パートさんたちも、明太子と一緒に写る皆さんの笑顔がたまらなくて、お会いしたことのない頃から投稿される写真を見ては「よし!私も頑張ろう!」と思う日々です。
取材当日も、お店に入った瞬間の皆さんの「おはようございまーす!」にホッとしつつ、切れ子明太子に対する熱いこだわりを木藤社長、妻の洋子さん、そして女将さんにたっぷり教えていただきました。
木藤商店の明太子はガツンとした旨味が特徴
木藤商店さんの明太子は、どんな特徴がありますか?
ガツンとくる濃い味というところですね。旨味がはっきりしていて、わかりやすい味かもしれません。
辛くはしてないので、小さなお子さんにも受け入れられやすい味だと思います。
たしかに、木藤商店さんの明太子は親しみやすいですね。
じゅわっと広がる感じでね。ぼくも小さな頃から食べているけど、ご飯によく合ってクセになります。ガブッといってほしい明太子ですね。ちびちびじゃなくて。
自分でも「美味しいものを作ってるなあ」と思いながら、日々つくっています。
愛情たっぷりですもんね。
そうそう。愛情たっぷりなんですよ!
1パックずつ手作業で味を作る「切子辛子明太子」
木藤商店さんの明太子で、他社と違うポイントはどこだと思いますか?
つくる工程が違います。まったく漬け方が違うんですよ。
どのように違うんですか?
1パックにたらこを入れて、調味液を入れて、その中で熟成させて味を決める。
え! 1パックずつ……ですか?
すごい。1パッケージごとに調味料を入れて味をつくるんですね。従業員の皆さんも責任重大では……。
だけん、職人さんそれぞれの唐辛子の入れ方次第で味が変わってきてしまうんです。責任重大ですよ。
普通は一度に大量に漬けるので、1日1000個作るとしたら1000個全部、味が同じにできますよね。でも、うちの場合は1個1個が勝負。だから、みんなかなり神経とがらせて作っていますよ。
すごい。それは緊張しそうですね。味がついてるものを分けているわけではないと。
普通、切れ子って綺麗な形で売れないやつを安く売るのが主流じゃないですか。でもそうではなくて、切れ子の特性をいかし、より味がしみる方法を追求してつくっています。
切れ子だからこそ、皮の中までよく味がしみるわけですね。切れ子って、お徳用のイメージはありますが、木藤商店さんの場合は、そういう意味合いではありませんね。
特上品も切れ子も品質は同じですから。切れ子の作業工程は職人技です。なかなかここまで切れ子に手をかけているところはないと思います。
そうですよね。切れ子って「ただ切れて食べやすくなっている」という、それだけのイメージだったので。そこまで「切れ子」にこだわられているとは思いませんでした。
木藤商店のルーツはリヤカー
木藤商店さんって、最初はリヤカーで販売されていたんですよね。
元々母たちの里が糸島の方なんです。父は漁師町の漁師だし、母は農家のお嬢様なんですよ。もともと糸島で、お父さんとかおじいちゃんが釣ってきた魚をリヤカーで売っていました。
リヤカーの頃から、明太子を販売していたんですか?
あの頃はたらこやったかな。まだ辛子明太子の販売が流行ってなくて、そのあとマルキョウ(スーパー)でお店を出すようになってからもしばらくはたらこを樽で売りよったんよ。そして明太子の漬け方を教えよったと、私たちが。
そうしているうちに「自分たちで作った明太子も売ってみようか」ということになって。
木藤商店さんの味はどうやって作っていったんですか?
最初はお酒とかみりんとか、唐辛子というか、そういうのから。仲間内で「昆布がいっぱい余っとうけん、昆布漬けしたらどう?」っていう話になって。一緒につくってみたのが始まりです。
そうやって最初の木藤商店さんの味がつくられたんですね。
調味液もいろんなご縁があって。いろんな人が親身に考えてくれるわけですよ。調味料もこっちがいい、あっちがいいって教えてもらってね。それで先代社長がいいとこ取りして作ったのが、その後の味になったみたいですよ。
濃厚でまろやかな味わいへ
最初につくったときと現在で、味に違いはあるんでしょうか?
明太子をつくる従業員の教育が行き届き、安定して同じ品質のものがつくれるようになりました。
味が安定してきたっていうことですね。塩分を控えめにしたとか、何か味自体を変えたところはありますか?
少しあります。
先代から受け継いだときに、先代が「うまい!」って言うかどうかを意識すると同時に「自分が一番美味しいものをつくらないといけないな」っていう想いがありました。
あの方はなかなか言わんよね。
先代の明太子もすごく美味しかったんですけど、当時の明太子はちょっとお酒の味が強い感じがあったんです。
お酒を少しマイルドにしたんですか。
そうですね。アルコールの感じをまろやかにしました。そして、ちょっと味を濃くしたいなという想いもあったんですよね。先代は「おいしいものはおいしい!自分がうまいと思うものを売る!」っていう感じだったんですけど、自分はお客さんの意見を取り入れるようになりました。
「おいしいね」と食卓を囲む時間を守りたい
最近の明太子の出来はいかがですか。
工場の方たち、2020年3月〜4月まるっと2ヶ月休んでもらったんですね。50年来初めて工場が止まるっていう中で、本当に皆さん一人一人改めて 「明太子をつくる日々って、幸せだったんだ」って考えてくれたみたいで。その想いがあふれて、今すごくいいものができてます。
今、木藤商店の歴史の中で一番おいしいのができてるんじゃないかなっていうぐらい。1個1個本当に丁寧につくれているなと感じます。
いっつも社長と話すんですけど……、うちは海産物関係なので年末はもちろん忙しいんですが、今年は特に1月明けてすぐバタバタしてしまって、いつもだったら1月はゆっくりするところを皆さんほとんど休ませてあげられてないんです。もちろん週休2日はありますけど。だけどね、注文が来て忙しくなることを、みんなが喜んでくれるんですよ。
その雰囲気がインスタグラムにめちゃくちゃ出てますよね。明るくお仕事に取り組んでいる様子がスマホの画面越しに伝わってくるので、いいな~!といつも思っています。
そう言ってもらうのが一番嬉しいね。
ありがたいですね。ある意味、コロナのおかげで、もう一度原点に立ち返れましたね。弊社にとっては本当にいろんな意味での、ターニングポイントになったんじゃないかなと感じます。
「大事なものをひとつだけしかとれないなら、あなたは何をとる?」「明太子を作るにあたって、最後まで手放しちゃいけないものは何なの?」みたいな。究極の選択。自分の価値観を知れて、勉強になりました。
たしかに、大変ですけどそういう側面もありそうですね。
コロナを経験して改めて「みんなに喜んでもらえること」と、たった一つの明太子で「おいしいね」って、笑ってもらえる大切さがよくわかりました。
そのへんは、田口さんから教えてもらった部分あるよね。
あるね。
そんなそんな!!
いや、本当に。明太子って、けっして安くはないじゃないですか。その明太子を家族みんなで囲んで「おいしいね」っていう時間のありがたさ。今ほど浮き彫りになるときはないんじゃないですか。外で食事もできませんし。だから、真剣に明太子を作らなきゃ、と思っています。
「明太子はおいしい!」っていうのを広めたいですね。「明太子を食べたら幸せ」って、田口さんみたいに言ってもらえるのはありがたいです。
田口さんが「明太子大好き」って言ってね、「好きだから福岡に来ちゃった」っていうぐらいの魅力が、明太子にあると思うと嬉しいですよ。
見えないんですよね、なかなか明太子屋さんて、やっぱり大きくなってるところとかは営業の方生産の方って、全部分かれてるじゃないですか。うちは、お客さんの姿が直接見えますからね。
大手さんは大手さんの良さがあり、真似できない技術もいっぱいあります。でも、やっぱり私たちは直接お客さんの声が聞けて、直接作る人たちの声が聞けて。この距離の近さが好きですね。
贈答需要減少もメディア出演や通販で売上を守る
贈答の需要が減ってきて、コロナもあって、どのくらい打撃があったんでしょうか?
明太子業界全部だと思うんですけど、徐々に徐々にみたいな感じで減っていきましたね。僕が感じるに、大きなターニングポイントは2005年の福岡西方沖地震のときです。
そこから10年ぐらいかけて、店頭に来てくれるお客さんは半分近くになりましたね。
半分も! 店頭の売上はそんなに落ちていたんですね……。
でも、通販の方で全部カバーできていました。タイミングよく、通販に力を入れ始めていたので。
それは先手を打ったという感じですか?
全く意図してないけど、手探りでやり始めた時期と、お客さんが減り始めてた時期がリンクしたんです。こっちが減った分だけこっちが伸びるみたいな感じで。うちは売り上げがずっと変わりません。
コロナ禍になってからはどうでしたか。
メディアに救われました。ちょうどテレビ番組の取材を受けまして。ロケができない影響で何度も再放送されたんですよ。
売上に影響はありましたか?
かなり影響がありました。今でもその影響で注文があるくらい。あとは通販ですね。
通販もですか。
今年はちょうど「通販のテレビで初めて明太子売ろう」という話になっていて。これもまたコロナになるからしようと思ったんじゃないんですよ。それで、コロナで一切出れないっていうときが一番売り上げが上がったんです。
それはすごいですね!
不思議だなと思って。全然狙ってないんですよ。まさかコロナだなんて思ってないから。たまたまご縁があって、明太子の通販番組どうですか?というお話がありまして。
苦境だったから通販を始めたというわけではなかったんですね。
うちは母も父も大きく絶対儲けきらない性格で。どんなに高く売れるときでも絶対高くは売らない。本当に真面目なんですよ。だからそういう生き方というか、そういう商売をしてると、こういうとこで守られるのかなって、漠然と思いました。
本当にそうかもしれませんね。
あの頃から通販番組の企画をやり始めて、3月4月5月、とそれから1年、今に至るまでずっとそういう流れで、それでCMまで作っちゃいました。
元々この人(洋子さん)が木藤商店関係なく化粧品の通販番組に出始めて、そっちの流れでうちもしませんかっていう感じになったんです。突破口を開いたのは妻です。
お付き合いで。ご縁ですよね。なんかね。売り上げ下がった分を丸々そこで上乗せできてる感じですね。むしろ少しいいぐらい。
明太子業界を盛り上げていきたい
洋子さんは今でこそ熱い明太子人ですが、もともとはどうだったんでしょうか?
私は部外者です、全くの。そういう面では、田口さんと同じです。「なんでもっと発信しないの?」と意見して、SNSを始めました。
ずっと明太子は好きだったんですか?
私はほとんど魚も好きじゃなかったんですよ。でも、18歳で魚市場で働きだしてから「なんだこんなにおいしいんだ」ということがわかって。明太子は木藤商店に来てから初めて「明太ってこんなにおいしいんだ」と知りました。
弊社が変わったのは、妻が入社してからですよ。
他の明太子屋さんで、私みたいに妻が強めに口出ししているところって、あんまりないでしょう。明太子業界で、あんまり私みたいな妻はいませんよね。
そうですね。洋子さん存在感大ですよね(笑)
私目線だと、「そこアピールするとこよ!」っていうところが、あるんですよ。中にいると「当たり前」なことが、私からすると「当たり前」じゃない。「伝えなきゃ!」と思うことがたくさんありました。
でもそれはいいですね。すごい大きいことかも知れないですよね。
いろんな発見がありましたもんね。
明太子業界、みんなで盛り上げていかなきゃいけない部分あるじゃないですか。上の世代は別として、主人みたいな2代目、3代目、もっとできることあるよねっていつも思ってて。
私も、ちょうど明太子業界を盛り上げようという雰囲気になってきているのでタイミング的に今引っ越してきてよかったなと思ってます。
うどんの食べ比べとかよくあるじゃないですか。あんな感じで明太子もどこが一番とかじゃなくて、ずっとそういうの企画で取り上げてくれたらいいのに。福岡で言うなら、うどんみたいな存在になりたいです。
ちょうどお土産品から日常品にシフトする時期かなとは思ってるんですよね。
木藤商店の明太子は、ご贈答というよりは、食卓に向けてます。実際に自家消費が多いんですよ。
お客さんも「切れたから買いに来た」って言ってくれます。昨日持って帰ったら「もう息子が食べてしまったけん、また買いに来た」とかね。
最初の1回は人からもらうんですよ。博多の人間は、なかなか最初から手を出しませんね、明太子に。博多の人同士で明太子をあげるってなかなかないじゃないですか。
やっぱりそうなんですね。
そうそう。だけん、やっぱ親とか近しいところの冷蔵庫にあって明太子2つあるなら1個持って帰るわよって感じなんですね。
親御さんから娘さん息子さんていうのは多いかもね。値段もネックのひとつかもね。
それをもっと買ってもらえるようにしたいんですよね。
うちとしても値段、ぎりぎり安くしたいとは思いながらも今の金額でやっています。その分はなんとか量で答えたりできるようにって感じではあるけど、なかなか。宣伝すれば「わっ」て売れるわけでもないし。明太子は、やっぱり食べてもらわないとわからないしね。
それをどうするかっていうことを考えていきたいですね。
私もこれから一生懸命考えていきたいと思います!本日は貴重なお話をありがとうございました。
その後、福岡めんたいこ地位向上協会では、木藤商店さんの明太子の情報をYouTubeでもお伝えしました。こちらもぜひご覧ください。
(文責:福岡めんたいこ地位向上協会 取材・執筆:田口めんたいこ 編集:大塚たくま)
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